ザビエルが眠る、約420年前の教会
ゴアの州都パナジから約10km。赤茶色の石の壁がそびえる教会があります。ボム・ジェズス教会(Basilica of Bom Jesus)です。
日本に初めてキリスト教を伝えた聖フランシスコ・ザビエルの遺体が、この教会に安置されています。教科書で名前を知っている人の多くは、ザビエルがインドで眠っていることまでは知らないかもしれません。
この記事では、世界遺産としての教会の特徴と、訪れるときに知っておきたい情報をまとめます。ザビエルという人物については記事②、日本との接点については記事③で詳しく書きます。
教会の基本情報
ボム・ジェズス教会は、イエズス会の教会です。1594年に着工し、11年をかけて、1605年5月15日に献堂されました(教会内の碑文による)。完成から約420年になります。
建設を後押ししたのは、ジェロニモ・マスカレニャスという人物です。1593年に亡くなった彼が後援者となり、翌1594年に工事が始まりました。
1986年、ゴアの教会群と修道院群の一つとして、ユネスコの世界遺産に登録されました。それより前の1946年には、インドで初めて「バシリカ」の称号を受けています。バシリカは、カトリック教会が特に重要な教会に与える称号です。
建築:むき出しの石が語るもの
設計した人
平面の設計は、ドミンゴス・フェルナンデスによるものとされています。正面のファサードは、ジュリオ・シマオが手がけた可能性があると、リスボン大学の研究が指摘しています。
大きさと形
ゴア州政府の資料によると、教会は長さ183フィート(約56m)、幅55フィート(約17m)、高さ61フィート(約19m)です。
上から見ると十字の形をしています。奥の内陣と、北と南に張り出した袖廊が、十字をつくっています。
石の素材と柱
ファサードには、バセインから運ばれた石が使われています。花崗岩とも玄武岩とも呼ばれる石です。ほかの部分は、ラテライトという赤みを帯びた石でできています。
建物には、ドーリア式、イオニア式、コリント式、コンポジット式の4つの様式の柱が使われています。
漆喰がはがされた理由
今の教会は、赤茶色の石がむき出しになっています。しかし、もともとは壁全体が漆喰で覆われていました。
その漆喰は、1950年代前半の修復で取り除かれました。修復を担当したのは、バルタザール・カストロです。研究者の中には、この漆喰の除去を植民地時代のプロパガンダの一環と見る人もいます。
館内の見どころ
館内は撮影禁止です。写真に残せない分、見ておきたい場所を先に紹介します。
金箔の祭壇
中に入ると、正面の金箔の祭壇が目に入ります。夕方には、この金箔が光を受けて輝くと教会は説明しています。
今並んでいる長椅子と石の床は、後の時代に加えられたものです。
主祭壇と聖イグナチオ像
主祭壇の中央には、高さ約3mの聖イグナチオ・デ・ロヨラの像が立っています。イエズス会を創設した人物です。
祭壇には「IHS」の文字があります。ギリシャ語でイエスの名の最初の3文字を表し、イエズス会の紋章にもなっています。
主祭壇とは別に、会衆と向かい合ってミサを行うための祭壇があります。1965年の第2バチカン公会議の後、典礼の刷新に合わせて置かれたものです。
説教壇
説教壇は、7人の人物の像に支えられています。7は「全体」や「満ちていること」を表す数だと、教会は説明しています。説教壇には、四福音書記者と教会博士の像も刻まれています。
側面の祭壇
両側の壁には、いくつもの祭壇が並びます。十字架を見つめるザビエルの木像、慈悲の聖母と聖ドミニコ、聖ミカエルと無原罪の聖母、聖アントニオの祭壇です。
ザビエルの礼拝堂:大理石の霊廟と銀の棺
教会の南側に、ザビエルの遺体を納めた礼拝堂があります。この教会でいちばん大切な場所です。
南の礼拝堂に移された理由
ザビエルの遺体は、以前は北側の礼拝堂に安置されていました。しかし手狭で、訪れた人が動きにくかったため、4つの扉を持つ南側の礼拝堂が整えられました。
メディチ家が贈った霊廟
遺体を納めた棺は、大理石の霊廟の上に置かれています。霊廟は、イタリアのトスカーナ大公コジモ3世・デ・メディチが贈ったものです。フィレンツェの彫刻家フォッジーニがつくり、1698年11月8日に据えつけられました。
霊廟には、ザビエルの生涯を描いた4枚の青銅板がはめ込まれています。説教する姿、洗礼を授ける姿、首狩りの風習を持つ人々の間での宣教、そして死の場面です。
教会の司祭によると、コジモ3世はザビエルの枕を贈られ、それを大きな名誉と受け止めて、この霊廟をつくらせたといいます。
銀の棺
霊廟の上の棺は、32枚の銀板で飾られています。1636年に依頼され、1637年に完成しました。今の棺は2代目です。遺体が1624年にこの教会に移されたときの最初の棺は、簡素なものでした。
棺は、木の箱に白い布と赤いフランネルを張り、その上に銀の装飾をかぶせたつくりです。
この棺には、日本で殉教したマストリッリ神父が関わったとされています。詳しくは記事③で書きます。
2020年12月から数か月をかけて、インド考古調査局(ASI)が棺を修復しました。修復は2021年に終わっています。
遺体は見えるのか
普段、棺は礼拝堂の台座の上に置かれています。棺にはガラスの部分があり、そこから遺体の一部が見えます。
約10年に一度の公開(次の節で説明します)では、遺体の全身を見ることができます。
約10年に一度の公開と、Se大聖堂
ザビエルの遺体は、約10年ごとに一般公開されます。この公開は「Exposition」と呼ばれます。
直近の公開は、2024年11月21日から2025年1月5日まででした。次回は2034年ごろと見込まれていますが、日程は公式の発表を待つ必要があります。
公開の会場は、ボム・ジェズス教会ではありません。道を挟んだ向かいにあるSe大聖堂です。
Se大聖堂は、10年に一度のExpositionの会場になる教会です。世界遺産の教会群の中で最大とされ、外観はトスカーナ式、内部はコリント式。主祭壇は聖カタリナに捧げられ、かつて旧ゴア中に響いたという「黄金の鐘」でも知られます。
訪問ガイド
以下は現地で確認した情報です。
場所と入場料
– 場所:オールド・ゴア。州都パナジから約10km
– 入場料:無料
開館時間
| 月〜土 | 9:00〜17:00 |
| 日 | 11:00〜17:00 |
ミサの時間
| 曜日 | コンカニ語 | 英語 |
| 月〜土 | 7:00 | 8:00 |
| 日 | 7:00〜8:00 | 9:15 |
コンカニ語は、ゴアで話されている言葉です。
館内のルール
– 撮影禁止
– 携帯電話の使用禁止
– 館内では静かに
写真を撮れるのは、教会の外観と敷地内だけです。
露出の少ない適切な服装で入るようにしましょう。
次のものは持ち込みや行為が禁止されています。
– 荷物
– 帽子
– ペット
– 飲食
– 喫煙
– ごみのポイ捨て
ガイドについて
教会の近くには、建物の歴史を説明するガイドがいます。説明は入口の外で約20分ほどで、ガイドは館内には入りません。
ガイドの予算は、500ルピー〜3,000ルピーです。
私と夫の2人、教会についてのガイドだけだと500ルピーでした。
グループだと3,000ルピーと当時の担当ガイドが言っていましたが、これはオールドゴア〜州都パナジの観光を含めた、長時間ツアーの値段です。グループで、教会だけのガイドは要値段交渉です。

